哲学/倫理学セミナー








第二五回
「悪と超越―レヴィナスとナベール―」 中 真生

 プロティノスやアウグスティヌスをはじめ多くの哲学者は、
存在が善であるのに対し、悪を、非存在、あるいは存在の
欠如だと考えてきた。他方でマニ教やゾロアスター教は、
これに抗して、悪は善とは独立したもうひとつの原理だと
考えた。ところがレヴィナスの悪の考察は、このどちらに
も与さない。彼にとって悪は、善の欠如ではなく、却って
善を超え出る過剰、超過である。さらに悪はその超過によ
って、他なるものとの関係というレヴィナスにとっての真
の善へと道を開くものである。こうした悪は、「私」の身
体的苦しみを通じて考察される。悪の問題を、悪を被る者
の視点から離れて、正当か否かと客観的に判断するものと
考えないのが、レヴィナスの悪の考察の特徴である。
 この立場を共有しているのがナベールである。ナベール
は『悪についての試論』で、悪一般を考察するのではなく、
私が経験するものとして、具体的には罪の感情として悪を
考察する。ナベールにとって悪は、何よりも私が「正当化
しえない」と感じるものなのだが、罪の感情は、自らの過
ちにとどまらず、自らの力を超えた「正当化しえないもの」
にまで及ぶ。「正当化しえないもの」は、道徳規範によっ
て判断することも、私の認識能力によって理解し尽すこと
もできない。これらを超えたもの、この意味で超越である
と言える。レヴィナスとナベールの思想の差異を過少に見
積もることはできないが、それでも悪についての考え方に
はある共通点があるように思える。

【参考文献】
【お問い合わせ】 pe-seminar@mail.goo.ne.jp
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【日時】
2005.6.25
14:00〜17:00
【場所】
東京文化会館
中会議室NO.2
※参加無料
皆様ご自由に
ご参加下さい。
【関連リンク】
悪と暴力の倫理学
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